歪んだ心理空間における精神的被害

モラハラ、DV、ストーカー、セクハラ、性犯罪等における加害者心理と被害者心理

精神医学によるストーカーの分類

 必ずしも精神障害がストーカーの原因であるとか、精神障害者が危険なストーカー予備軍だということではありませんが、ある種の障害は、しばしばある種の行動類型と結びつくことがあります。(これは福島氏によれば、ストーカーの内面的・心理的な状態で、精神病理学的な分類です。)

 

 

  • 精神病系

 統合失調症などの精神病が発症しており、その症状の一つである恋愛妄想、関係妄想などがストーキングの動機となるケースです。

 

 「いうまでもないが、「自分が彼女を愛している」というのはごく当たり前の恋愛感情であって《恋愛妄想》とはいわない。「あばたもえくぼ」などというように、恋愛感情もしばしば非現実的かつ不合理で、時間が経ってみると錯覚だったと気がつくことも多いが、それは正常な心理現象と見なされている。少なくとも、《恋愛妄想》とは呼ばれない。《恋愛妄想》というのは、根拠もなく「相手が自分を愛している」と思いこみ、あるいは反対の証拠がたくさんあるにもかかわらず、信じこんで疑わないことである。だから、正確には《被愛妄想》といった方が実態に即しているだろう。

 フランス語圏では、このような被愛妄想を《エロトマニア》(erotomania)と呼んでいる」(福島章『ストーカーの心理学』PHP新書, 1997年, pp.84-85)。

 

 たとえば、相手が恋愛感情を否定していても、「恥ずかしがって否定している」とか、「外から何らかの圧力を受けて自分の愛情を公にできない」とか解釈して、「本当は自分を愛している」と思うようなのが、統合失調症患者の《恋愛妄想》です。

 

 また、この種の統合失調症系のストーカーの中には、妄想着想や妄想知覚に基づいてストーキングを始める人もいます。たとえば、「神のお告げ」を聞いて、「あるタレントに悪魔が憑いていることが分かったから、彼を殺さなくてはならない」と考えて、暗殺を図るような場合です。

 

 彼らは「親密な恋愛関係をもったり、結婚したりすることが難しいから、挫折愛タイプや破婚タイプのストーカーになることは稀である」(p.128)。「イノセント・タイプ・ストーカー」「スター・ストーカー」「エグゼクティブ・ストーカー」にこのタイプが多く存在します。

  

  • パラノイド系

 パラノイドという精神状態は、《妄想》をもっているが、妄想以外の点ではまったく正常者と変わらない能力を保持しています。妄想以外の点では正常者といえます。

 

 パラノイド系のストーカーは、「相手に愛されている」という被愛妄想(エロトマニアをもっています。

 

 「その信念は、相手が何回否定しても、周囲の人がどんなに説得しても、けっして訂正されることがない。だから、まさに《妄想》というにふさわしいものである。

 しかし彼らは、精神分裂病の患者と違って、妄想以外の点では正常者と変わらない。学生なら勉強がちゃんとできるし、社会人なら仕事も人間関係も問題なくこなしていく。外から眺めておかしな点はどこにもない。ただ、ある「主題」に関して信じていることだけが《妄想》に類するもので、しかも、その妄想にしたがって特定の対象につきまとうことが問題なのである。

 彼らは、精神分裂病者よりもずっと正常人に近い。それだけに診断も処遇も難しい。彼らの話はたいてい論理的で、大いに説得力がある。したがって、事情を調査し、相手の言い分を注意深く聞かなければ、三者が彼らの信念を真に受けてしまうことも珍しくない」(pp.90-91)。

 

 「精神医学的にいうと、《パラノイド》には精神分裂病の軽症型と見られる《パラノイア》と特別の性格の人に心理的・環境的なストレスが加わって起こってくる《心因性のパラノイド》の二種類がある」(p.91)。

 

 「パラノイド系のストーカーは、一般に、恋愛妄想をもつほかには精神的な機能は低下していないので、行動そのものは合理的かつ計画的に遂行しうる。それだけに、行動もよく工夫されており、緻密で、巧妙である。さらに、パラノイド型の人の妄想に対する情熱というものは、常識では考えられないほど強固で持続的である。パラノイドの人々は、その《妄想》(といっても、本人はその観念を妄想だと思ってはいないのだが)に全生活・全生涯のエネルギーを捧げ尽くすことも稀ではない。・・・

 たとえ被害者がストーカーのことを保健所や保健センターに訴えても、パラノイド型は一見すると正常者に見えるし、言うこともそれなりに筋が通っているので、一回の面接で精神障害と診断してもらうにはよほど強力な証拠を示さなければならない。反対に、被害者として訴えてきた方が、被害妄想や関係妄想をもっている患者ではないかなどという疑いをかけられることすらある」(pp.92-93)。

  

 「パラノイド系と見られるストーカーからは、平凡で無名の人も被害を受けることが多い。しかし、有名人(芸能人や政治家)や、社会的な地位の高い職業(医師、神父、エグゼクティブなど)についている人々は、よりこのタイプのストーカーの被害を受けやすい」(p.94)。

 

 有名人を追いかける「スター・ストーカー」や、社会的地位の高い人を対象にする「エグゼクティブ・ストーカー」、「イノセント・タイプ・ストーカー」、「挫折愛タイプ・ストーカー」に、このタイプが多く存在します。

 

 

 DSM-Ⅳによる《境界人格障害》の診断基準(九項目中の五項目で該当)

  • 見捨てられることを避けようとする気違いじみた努力
  • 理想化と貶めとの間を揺れ動く不安定な人間関係
  • 同一性障害…著明で不安定な自己像の特徴
  • 自傷行為(以下のうちの二つ。浪費、性行為、薬物乱用、無謀運転、無茶食い)
  • 自殺の行動、素振り、脅し。または自傷行為の反復
  • 気分反応性の顕著な感情不安定
  • 慢性的な空虚感
  • 不適切で激しい怒り。または怒りの抑制の困難
  • 一過性の妄想様観念、または重い解離性症状

 

 「境界人格障害の人々は、人格が未熟で歪んでいる。ものの捉え方が自己中心的で、社会性・公共性に乏しい。常識というものを欠いてわがままである。

 彼ら・彼女らは、愛の相手の身になって考えてあげることができない。彼らの愛は、相手に献身し、相手の幸福を願う愛ではなく、相手から100パーセント与えられることを当然の権利として要求し、貪欲に徹底的に相手を貪り尽くそうとする類の愛である。

 したがって、その行動は強引、一方的で、相手の迷惑や不快をまったく意に介しない。そういう迷惑行為をしたからといって、自分が愛想を尽かされて困るなどという心配は少しもしない。

 彼ら・彼女らは、自分の欲望や感情のままに行動する。しかし一方では、ヒステリー性格者のように、他人を操縦したり支配したりする欲望も強く、またその技術に長けていることもある。

 また感情の動きがきわめて激しく、しばしば極端な行動に走る。情動の中でも、特に攻撃性のコントロールが悪く、それが薬物乱用、自傷行為、自殺企図などとして自分に向かうこともあれば、当の愛人に向かう事もある。・・・つまり、彼ら・彼女らの行動は予測がまったく不可能であり、それゆえ当事者は強い恐怖を感じざるを得ないのである」(p.112)。

 

 「ボーダーライン系の特徴は、不安的な情緒の波、対象への飽くなきしがみつき、愛憎が劇的に葛藤するアンビバレンスなどである。さらに、彼らがもともと外向的・社交的な気質の人々で、しかも「孤独を避けるための気違いじみた努力」が特徴であるために、人間関係はしばしば濃密である」(p.129)。

 

 「挫折愛タイプ・ストーカー」や「破婚タイプ・ストーカー」といった、男女関係のあった相手に対するストーカーになる傾向があります。

  

 「ナルシスト(自己愛性人格障害者)とは、自己中心的、自信、自負心が強く、自分の有能性と万能感にだけ縋って生きているような人である。彼らは、他人の感情や存在には無関心で、本当の意味で「人を愛する」ということができない。彼らは、いつも自分が賞賛され、自分が大勢の人の関心の中心で、ちやほやと大事にされ大切にされないと不機嫌になる。人を愛するのも、その人が彼らの自惚れ鏡となって、素敵な自分を褒めてくれることを期待してである。

 だから、彼らが一番応えることは「人に拒絶される」ことである。拒否されると、これまでの愛の対象に対しても激しい怒りや攻撃性をもって反応する。・・・

 ストーカーとなる場合には、「挫折愛タイプ」の関係が多い。一方的な思いこみの場合には、相手が自分の思うようにならないと、「あいつは自分のよさが分からない、大したことがない奴だった」と酸っぱいブドウの論理で早々に諦めることが多い。その方が自分の傷が少なくてすむからである。

 ところが、いったん自分がつきあっていた相手から拒絶された場合には、ひどく自尊心を傷つけられる。そして、相手に干渉を続けたり、嫌がらせをしたり、攻撃をしかけたりする。その意味で彼らは、《拒絶―過敏反応型》の特徴をもっている。

 彼らは、非常に高い自負心をもっているから、相手が断るということが素直には信じられない。自分と交際を続けることが相手にとっても幸せだし、それが当然だと思いこんでいる。そこで、ノーと言われても、すぐにはそれが信じられないで、「本当は愛しているのに、何らかの理由、事情があって断っているのだ」と思いこむ。そこで、相手が「本当のこと」がいえるように「援助」してやることが必要と考える。頼みもしない説得をしたり、相手の生活に介入して干渉したりする。そして、最後にそれが無理と分かると、拒絶されたショックから激しい怒りや恨みの感情を抱き、攻撃に転じるのである。なぜなら、自分が無視されたり捨てられることは、彼らの有能性・卓越性の幻想を破り、彼らの自己愛いを著しく傷つけるからである。

 だから、彼らは、相手を本当に愛し、その愛情が得られなかったから落胆するのではなく、相手を獲得するほど自分が有能でも魅力的でもないことを思い知らされることで、その事実を思い知らされた相手に怒りを感じるのである。これを精神分析では《自己愛性の激怒》という」(pp.113-115)。

  

 「・・・(自分の信念に反して)相手が自分を拒絶すると、その相手に強い恨みと怒りの感情を抱き、容赦ない攻撃性・破壊性を発動するのである。

 前科前歴がない社会人でも、ナルシスト系の人は、拒絶に対して激しい反応を起こし、攻撃的な行動を起こしたり、執拗な復讐を企てることが多い。・・・ナルシスト系は意外に危険な愛人である」(p.119)。

 

 「挫折愛タイプ・ストーカー」、「スター・ストーカー」、「イノセント・タイプ・ストーカー」になる傾向があります。

  

  自分の欲望を一方的に押し付けます。

 

 「このタイプの特徴は、女性関係以外でも犯罪非行などの前科前歴があり、職業は無職か暴力団関係者が多い。場合によって、不安定な職種やモラトリアム的な身分の場合もある。学歴、職歴がきちんとしたキャリアは、まずサイコパスではない。サイコパスの社会的適応は、概して著しく悪い。

 反社会的人格障害はかつて《社会病質》といわれていたから、ソシオパスと呼ぶのがより正確だが、最近では反社会性の強い人をサイコパスと呼びならわす例が多い(例えば早川書房刊『診断名サイコパス』という翻訳書がある)ので、ここでもサイコパス系と命名しておく。・・・

 サイコパスが恋愛妄想をもつことはむしろ稀である。彼らは、相手の感情にはむしろ無関心で、自分の欲望や感情を一方的かつ強引に相手に押しつけようとする人々である」(pp.119-120)。

 

 

 「反社会的な人格のストーカーは、女性を、《愛情》の対象というよりは《欲望》の対象と見なす。彼らにとって、女性と親しくなったり、その愛を獲得したり、彼女とパートナーとなったりすることは、どうでもよいことである。女性は人格であるよりは単なる肉体である。女性は、自我や心情をもった人間ではなく、男の性欲を満たすための道具である。

 また、彼らにとって、被害者は獲物である。女性を征服して肉欲を満たすことに情熱を傾け、いったん征服すると、あたかも被害者を《支配》し、《所有》したように錯覚する。彼らにおいては、それまでの甘い求愛も、ご機嫌とりも、征服のための手段でしかない。冷血で凶暴な彼らは《魂の荒野》を抱えた人々であり、本当の《愛情》というものを体験することのできない人種なのである」(p.124)。

 

 「これに対して、既に紹介したパラノイド系やナルシスト系のストーカーは、たとえ歪んで一方的なものであるとしても、一応の《愛の幻想》を抱いており、それだけにまだ可愛げがあるともいえる。パラノイド系やナルシスト系は、相手の心情に対する《想像力》(想い)をそなえている。しかし、反社会的人格障害者の執心は肉体的な欲望に支配されているだけで、心情的なものは何もない。したがって、その行為は危険で容赦なく、攻撃的・暴力的で、相手に対する同情心とか憐憫の情などはまったく見られない」(pp.124-125)。

 

 「スター・ストーカー」、「イノセント・タイプ・ストーカー」、「破婚タイプ・ストーカー」にしばしば見られ、「挫折愛タイプ・ストーカー」にも見られます。

  

ストーカーの心理学 (PHP新書)

ストーカーの心理学 (PHP新書)

 

  

「ナルシスト系、ボーダーライン系、サイコパス系の三つは精神医学的には人格障害の中に含まれ、精神病や真正の妄想とは一応は無関係であると考えられる。しかも、この三者がいろいろの組み合わせで一人のストーカーの中に併存することが多い」(p.129)。