歪んだ心理空間における精神的被害

モラハラ、DV、ストーカー、セクハラ、性犯罪等における加害者心理と被害者心理

エロトマニア(恋愛妄想・被愛妄想)の奇妙で異様な特徴

d.hatena.ne.jp

 

 しばしばストーカーには、自分がターゲットから愛されているという被愛妄想(エロトマニア)があると言われます。なんらかの精神障害がある人に、付加的にエロトマニア妄想が生じてストーカー化するケースが多いようです。エロトマニア妄想だけで他の精神障害のない、純粋型のエロトマニア(妄想性障害のエロトマニア型で、クレランボー症候群とも呼ばれる)の方が、執拗で攻撃的です。このようなエロトマニアには非常に奇妙で異様な特徴がありますので、ここではそうした特徴を具体的に述べます。

 

 

 

 

1.自分が愛されているという妄想

 

 エロトマニアというのは、ターゲットから恋愛対象とみなされていないのに、自分が相手に愛されていると思い込んで疑わない妄想性障害です。決して揺らぐことのない深い確信ですが、根拠がない場合がほとんどで、完全な虚構や妄想です。

 

 精神病者の妄想には、たとえば政府が自分をスパイしているとか、CIAが自分の脳にマイクロチップを埋め込んだといった、誰が聞いてもおかしいと思わせるものもありますが、純粋型エロトマニアの妄想はさほど奇異ではなく、事実を歪曲する屁理屈とはいえ、一応は合理化される話です。患者自身も、特定の妄想に憑りつかれている点をのぞけば、正常者に見える人です。

 

 他人と親しい関係を築くことができず、大半は一人でいることが多いようで、大概は(場合によっては何年も)自分の妄想を胸に秘めており*1、ストーカー事件に発展しないかぎり、人目につきません。エロトマニアは精神的に幼く、それが求めるのは、しばしばプラトニックな純愛です。

 

 エロトマニア型妄想性障害を患っている人は、一説によると10万人に3人という少ない数で、一般にはほとんど知られていません。以下、エロトマニアの特徴について、ドリーン・オライオン『エロトマニア妄想症―女性精神科医のストーカー体験―』(1999年, 朝日新聞社*2 から引用しつつ、なるべく詳しく解説します。

 

エロトマニア妄想症―女性精神科医のストーカー体験

エロトマニア妄想症―女性精神科医のストーカー体験

 

 

 

2.現実を歪めて、屁理屈をつける

 

 「エロトマニアの場合は、精神病のプリズムを通してものを見るためだが、十代の若者と同様に、対象の反応を誤解する。思春期の少女なら、フットボールチームのキャプテンがたまたま自分のほうにむかってウインクしただけで、じつは糸くずが目に入ったせいだとしても、気のあるそぶりを見せたと思いこんで舞いあがるだろう。エロトマニアは、この期待に満ちた思春期の思いを潤色してグロテスクにゆがめるため、勝手な思いちがいをいつまでもくりかえし、どんなにはっきりと拒絶されても、愛を告白されたものと誤解してしまうのだ」(p.65)。

 

 「対象の愛をけっして疑わないエロトマニアは、対象が自分にひかれてそぶりを見せなくても、たいていは理不尽なものながら、もっともらしい理由を考えだして合理化してしまう――経歴に傷がつくせいかもしれない、身分がちがいすぎるせいかもしれない。結婚しているせいかもしれないというように。ロバート・バードレベッカシェーファーが生意気になってきたからだと考えた」(p.68)。

  

 エロトマニアは、ターゲットが自分に愛を告白しないのは、たとえば結婚している身で、秘めた想いだからだといった理屈で、確認するまでもないこととして自分への愛を確信します。自分たちの関係が、二人の間の秘密の恋だと思う一方で、周囲から注目されている、という妄想も抱きます。

 

 最初に書いたように、エロトマニアは自分のそうした思いを胸に秘めていますが、ターゲットから見てなんとも異様ですので、ターゲットは相手を不審人物と感じ、変質者ではないかと気にするでしょう。ところが自己愛的な自意識が過剰なエロトマニアは、ターゲットが自分への恋心から自分の気持ちを気にしていると思い込みます。

  

 

 

3.事実以上の強い確信

 

 その妄想の深さは、現実の事実に対する確信以上です。

 

エロトマニア型妄想性障害者の場合もほかの妄想性障害者と同様に、本人が空想して信じこんでいることは現実にはありえないと説得したところで、なんの効果もないという点では、どの論文でも意見が一致している。説得して成功したケースはひとつも見あたらなかった」(p.68)。

 

「調べてみてはっきりわかったのは、どの意見も、いわゆる“純粋”なかたちのエロトマニア妄想が、執拗で、慢性的で、治療しにくい病気だという点で一致していることだった」(p.54)。

 

 

 

4.理想化できる相手とのロマンティックな純愛関係を求める

 

 中には肉体関係を迫ってくるエロトマニアたちも存在しますが、エロトマニアに特徴的なのは、自分が理想とする相手との空想上のプラトニックな純愛関係を求めるということです。

 

 「エロトマニアとは、相手に愛されていると思いこむ妄想性障害であり、その点ではどの権威者の意見も『DSM』と一致しているが、大半は、エロトマニア命名されているにもかかわらず、セックスとはほとんど関係がないとみており、エロトマニア妄想にとりつかれた者が求めてやまないのは、本人が理想化し心から愛する相手との、ロマンティックで形而上的ともいえる一体感であるとしている」(p.40)。

 

 エロトマニアは、ターゲットを幻想的なほどに現実離れした理想化をしてきます。相手にしてみれば、とてもついて行けないと感じるような理想化です。ターゲットがそれをやめてほしいと言うと、エロトマニアはそうした事さえ、自分に対する愛の証拠として受け取ります。

 

 「[...] 社交の面で未成熟、他者と親しい関係を築けない、もしくは維持できない。エロトマニアはめったにデートをしない。性的関係は、もったことがあったとしても、その回数はきわめて少ない。この異常なまでに内気な人びとが他者との親密な関係を経験するには、手の届かない存在だからこそ“安全な”相手と、妄想のなかで結びつくしかない。エロトマニアたちは、現実の世界では手に入らないものを、空想を通して手に入れる。このような理由から、エロトマニア妄想を断ち切るのは困難をきわめると考えられている。架空の愛でも、愛がまったくないよりもましというわけだ。自分のアイデンティティーにはほとんど充実感を見いだせないため、エロトマニアは自分以外の人を通して満ち足りた気分を味わおうとし、たいていの場合は本人よりも階級や社会的地位が高いと考えられている相手と結びつきたいと切望する」(p.40)。

 

 エロトマニアは、自分が憧れる対象から自分が愛されることにより、自分の価値が高まったと感じることを求めています。自分が高級だと思えるランクの人から強い恋愛感情を持たれれば、自分も高級になったと感じられるということです。*3

 

 男性であっても、女性であっても、「初心な少女」のような奇異な印象があります。

 

  「異常なまでに内気」に見える人たちなので、ターゲットにされた人は、これが危険な人なのか、そうでもないのか、分からない感じがします。しかも、すぐ下に述べるように、必ずしもターゲットに近づこうとはしません。それでも、自分のナルシシズムが傷つけられたと感じると、凶悪なストーカーとなる可能性のある、大変危険な存在です。この危険性については、最後に説明します。

 

 

  

5.ターゲットの方から自分を愛するようになった、という妄想

 

 また、エロトマニアの奇怪な特徴は、自分ではなく相手が自分との関係を求めてきたという妄想です。自分自身の恋愛感情を、ターゲットに投影していると言って良いでしょう。

 

 「エロトマニア妄想は、なにが原因でそこまで執拗なものになるのか?おそらく、エロトマニアたちはそれぞれの対象なしでは不完全な気持ちになるからだろう。彼らが完全な気持ちになるには、本人が高く評価している他者が必要なのだ。これは、エロトマニア型妄想性障害によく見られるケースで、妄想は関係を求めたのは“対象”のほうであるとの思いこみからはじまるという事実によっても示される。エロトマニアはおそらく、『わたしがなにかしたわけでもないのに、信じられないほどすばらしい人がむこうから誘いをかけてきた。神さまみたいな人がわたしの存在に気づいてくれたんだから、わたしも捨てたもんじゃないかもしれない』とでも考えているのだろう」(pp.59-60)。

  

 「あなたが私に関心をもっていると知って、うれしいけれどもびっくりしています」といったような、エロトマニアの驚きでもって始まることがあります(ターゲットにされた人は、もっと驚くのですが)。

 

 そして、この思い込みにすべてをこじつけて、長大なストーリーのような信念体系を執拗に練り上げていきます。

 

 

 

6.ターゲットとの直接の接触を避ける

 

 エロトマニアの奇妙な特徴として、ターゲットとの距離が縮まることを、ひどく警戒するというところがあります。そのため、男女関係を迫ることなどないので、ターゲットにとっては非常に分かりにくい存在です。対人関係に全く自信がないため、ひどく引っ込み思案で、対象と現実的な関係をもって失敗し、自分が傷付くことになるのを極度に恐れるからです。エロトマニアの人は他人と親しい関係を築いたり、それを維持したりすることができません。

  

 「思春期の騒々しい少女たちのように、エロトマニアたちはくすくす笑いながら意中の人を指さして喜んだりするものの、じっさいに相手に近づこうとは夢にも思わない。[…] じっさい、ある論文では、エロトマニアはありとあらゆる接触をはかるが、ほかのストーカーとちがって、面とむかっての接触だけは避けたがると報告されている。エロトマニア・ストーカーは対象との直接的な接触を避けてきた。この論文の筆者は、エロトマニアにとって、直接的接触は“神話的なもの”になると書いている。「エロトマニアはシャボン玉がはじけるのを嫌う。かならずしも被害者と性的関係をもちたがるとはかぎらない。関心があるのは、完全無欠な和合……ふと思い立って対象に近づくなどといおうことは、恐ろしくてできないのだ」(p.63)。

 

「わたしが彼女のまつりあげた理想的な恋人ではなかったとわかって過酷な現実をつきつけられるのがいやで、ふたりの妄想上の絆を守ろうとしていたのかもしれない。現実は、妄想にとりつかれた者でさえも幻滅させることができるのだ」(p.64)。

 

 エロトマニアにとって重要なのは、ターゲットとの現実の交際関係などではなく、自分がターゲットから愛されていると思える、ということです。エロトマニアは自分の妄想が現実そのものだと信じ込んでいる一方で、現実でないということを無意識に分かっているのではないかと思うほど、現実に直面する可能性を用心深く避けますターゲットが自分を好きだと思っていても、それを迂闊に口に出して相手から否定されるようなことは、なかなかしません。場合によっては、ターゲットと面会することになるような事態を不思議なほど恐れます。心の底では、自分に自信がないからで、ターゲットが自分に微塵も恋愛感情をもっていないという事実を突きつけられることを避けようとします。こうしてエロトマニアは長年、人から気付かれずに過ごします。

 

 「エロトマニア妄想をふくむ妄想性障害の患者たちは、問題をかかえているという意識がないため、みずから治療を求めることはほとんどない。妄想にとりつかれている点をのぞけばふつうに見えるうえ、大半がひとりでいることの多いひとなので、文献によると、エロトマニア妄想をいだく人びとは、それぞれの対象をじっさいに追いかけないかぎり――フランがわたしやほかの女性を追いまわしたように――家族や裁判所の介入を招くにいたることはめったにないらしい。大多数は、場合によっては何年間も自分の妄想を胸に秘めているとみえ、エロトマニア妄想が表面化するのは、ストーキングがはじまり、追跡の対象がストーカーの存在に気づいたときにかぎられる」(pp.54-55)。

 

 

 

7.自分の恋愛感情の否認 (クレランボー症候群)

 

 さらに、エロトマニアの奇怪な特異性は、エロトマニアが自分の恋愛感情を否認するケースに明確に現われます。エロトマニア研究に長年を費やしたクレランボー博士は、エロトマニアの基本的公準を次のように定めています。

 

「恋愛感情を持ち始めたのは相手の方で、相手の方がより深く、あるいは相手だけが恋愛感情を持っている」(Gaëtan Gatian de Clérambault, “Les délires passionnels. Érotomanie, Revendication, Jalousie” (Présentation de malade), Bulletin de la Société Clinique de Médecine Mentale, février 1921)。

 

 エロトマニアの精神構造がこのように極度に屈折している場合、ターゲットはまるでわけが分からないうちに、甚大な被害に巻き込まれます。

 

 しかし、エロトマニアが自分の恋愛感情を否認するのは、自分が傷つくことになる可能性や、自分にかかってくる責任を最初からゼロにし、あらゆる責任とリスクをターゲットに負わせる用意を、はじめから整えておくためです。

 

 こうしたタイプのエロトマニア狂人性がとりわけ高く自分の恋愛感情は否認する一方で、ターゲットからは愛されているという妄念に執着し、粘着し、これを死守するためには犯罪的な事までしてきます

 

 

2020.4.15

 ここで触れたクレランボー症候群はとりわけ危険で、強いナルシシズムDV的な性格をもっていたりします。

 

 そして、ターゲットにしてみたら、なんと答えて良いのか分からないような驚くべき仕方で、思い上がった仄めかしを繰り返してきたりします。実は以前、「はねるのトびら」というバラエティ番組の中で、エロトマニアがネタになっていると思われるコントがあったので、こちらで記事にしてみました。

 

echo168.hatenablog.com

 

 

 

8.相手の忌避や嫌悪を<愛>と曲解する

 

 エロトマニアはターゲットが自分を拒否していても、自分の感情をターゲットに投影しているため、「彼女はぼくを愛している」と思い込み続けます(オライオン, p.167)。そして、自分の妄想が事実だという「証拠」を捏造さえします。

 

 「ニューイヤーズ・イブのパーティでタラソフ(被害者女性)が彼(エロトマニア)にキスをすると、彼の妄想上の "関係" は一気に潤色された。彼女は一貫してポダー(エロトマニア)の誘いを断わりつづけたが、それでもなお、彼は彼女に愛されているという思いを払いのけられず、ふたりの会話をこっそり録音したテープをつなぎあわせて、彼女が愛を告白しているかのようなテープを捏造し、それを "証拠" としていた」(オライオン, p.167)。 

 

 このエピソードはエロトマニアの頭の中で起こっていることを、非常によく表わしているように思われます。自分の妄想にこじつけられる事柄だけが、エロトマニアの頭の中で勝手につながり、都合の悪いことが無視され、相手の言葉を自分で切り貼りして捏造したものを "証拠" だと主張します*4

  

 「さらにこの症状(被愛妄想の症状)は、相手が自分に対して拒否・嫌悪・逃避するような行動を取ると、『第三者による妨害』や『愛ゆえの逃避』『嫌がらせ(好き避け)』や『毛嫌いする行動を取ることで自分を試している』などといった過大解釈をするようになり、ますます相手に対する行動が悪化する傾向である。男性がこの症状になった場合、フラストレーションから暴力的な行為に走りやすい」(ウィキペディアエロトマニア」)。

 

 この種の「過大解釈」は単なる事実の意図的な歪曲ではなく、もっと病的で無意識的なものです。エロトマニアの人は、やたらと「投影」(他人を貶める人の心理(2)投影同一視を受けないために - 歪んだ心理空間における精神的被害)を行ってきます。男女感情への期待感といったことをはじめ、自分自身において起こっていることが、相手にも起こっていると感じ、自分と相手との間の精神的な境界が判然としていません(そこで、たとえば自分が怒っていると、相手が怒っていると感じたりします(オライオン, p.44))。

 

 とりわけ人格的にも障害をもつエロトマニアは、自分の愛情の対象に怒りや憎しみを抱きつつ執着するので、逆に、ターゲットが示す不快感を怒りや憎しみとして曲解し、自分を強く愛している証拠だと錯覚します。拒絶されると恨む性格をもっているエロトマニアにこうした倒錯があると、「相手が自分を嫌っているのは、自分が愛さなかったために恨んでいるからに違いない。自分はこれほど深く愛されている」といったグロテスクな被愛妄想に固執し、交際相手と喧嘩をしているつもりになって、嫌がらせを悪質化させていきます

 

 エロトマニアの恋愛妄想ストーリーは、ターゲットがかかわる以前から、エロトマニアの中で筋書きができており、すべてをそこにこじつけて、執拗な妄想体系を作り上げて展開してきます。本命は一人だとしても、しばしば同様のパターンの被愛妄想を、相手を変えて繰り返してきています。

 

 ターゲットにされた人は、エロトマニアに本当の事を言っても通じないし、不快感を示せば逆上されます。ターゲットがエロトマニアを諦めさせようとして、相手が嫌いそうな人物を装って見せても、妄想内容がますますグロテスクになるだけで、自分が愛されているという妄想は不滅です。

 

  長大な織物のような妄想体系は、持続的にどこまでも発展していきます。そのストーリー展開は、純愛的で秘密めいたロマンチシズムから始まって、次第に下品で醜悪な男女の愛憎劇となり、ターゲットを悪者にして、自分は綺麗な主人公を演じ続けようとするものになります。

 

 

 

9.エロトマニアの攻撃性 

 

 エロトマニアの「理想的な相手とのロマンティックな関係」を夢見る部分は、極端に美化され、理想化された一面にすぎません。自己愛的な人格構造をもつエロトマニアは、ターゲットからの「拒否・嫌悪・逃避」がほんの少しでも感じられるようになると、自分の自尊心を守るために、徐々に醜く邪悪な面を見せてきます。自分の期待を裏切られ、ナルシシズムが傷つけれたたことで、相手に復讐をしないと気が済まないのです。

 

 特に、エロトマニアが男性である場合、ひどく暴力的になることがあります。メロイ博士によれば、暴力性が高いのは、女性より男性のエロトマニアです(Meloy, p.478)。 

 

 クレランボー博士の公準にあるように、相手だけが一方的に自分に恋愛感情をもっていると確信しているようなケースでも、実際に起こっているのは、エロトマニアの一方的な想いです。そこで、ターゲットがエロトマニアを避けて離れていこうとするだけで、フラストレーションを溜め込み、報復を行なうようになります。

 

 「ドクター・メロイは、エロトマニアが暴力をふるう可能性がもっとも高いのは、それまでの理想化とは正反対に、エロトマニアが愛の対象を高みから引きずりおろしはじめ、つづいて、拒絶され見捨てられたことを帳消しにしようとして、なんらかの報復を望むようになったときだという」(オライオン, p.167)。

 

 「ドクター・メロイはエロトマニアが拒絶されたときの不面目についてつぎのように語っている。

 ・・・激怒することによって、面目を保とうとします。怒りにあおられ、対象を追跡して事態を修正させようとするのです。被害者を傷つけたい、支配したい、場合によっては殺したいという思いが、その追跡の動機となることもあります。思いをとげることができた場合は、ナルシシスティックな幻想は修復されるのです(オライオン, 同ページ)。

*5

 エロトマニアにとって大切なのは、もとよりターゲットその人自身などではありません。自己愛的な幻想なのです。*6  

 

 

2020.4.15

被愛妄想の対象にされた場合の注意点、対処法などについては、下の記事の最後をご覧ください。

 

echo168.hatenablog.com

 

 

*1:オライオン, p. 55.

*2:オライオン氏がこの本の中で紹介しているエロトマニア研究は大変参考になりますが、この本の大部分は、氏自身のストーカー被害の体験談で、相手はエロトマニア妄想を伴う統合失調症(混合型エロトマニア)のストーカーです。エロトマニア型の妄想性障害者は必ずしもそうした精神病者ではありませんし、あからさまに対象を追い掛け回すストーカーではありません。純粋型のエロトマニアと、なんらかのエロトマニア妄想を伴うストーカーとは、性質が少し異なるところがあるように思います。そして、一般に知られているのは、エロトマニア妄想を伴うストーカー被害であり、エロトマニアそのものの被害は、その実体がほとんど知られていません。被害者は、その被害を何と言って訴えて良いのか分からないはずですので、そうした体験談が表に出にくいとしても不思議ではないでしょう。

*3:“In other word, erotomanic individuals pursue a narcissistic wish to be like the love object to enhance their own grandiosity” (Meloy, 1989, p. 482).  “As noted in the case of John Hinckley, Jr., this pursuit may represent a defensive stabilization of the grandiose self-structure through fusion of the ideal self and ideal object concepts in the erotomanic individual’s mind” (Reid Meloy, “Unrequited Love and the Wish to Kill: Diagnosis and Treatment of Borderline Erotomania”, Bulletin of the Menninger Clinic, Vol. 53, No.6, November 1989 , The Menninger Foundation, 1989, p.283).

 通常、エロトマニア妄想性障害者がターゲットにするのは、自分が理想化できる相手で、自分より社会的地位の高い人です。ヴァリエーションはありますが、典型的なエロトマニア型妄想性障害者がストーカーとなる場合、「エグゼクティブ・ストーカー」に分類されるものになることが多いでしょう。

*4:"This conscious manipulation and unconscious denial of certain realities is typical of borderline defensive operations in general, and of borderline erotomania in particular", (Meloy, p.483).

*5:メロイ博士によれば、この暴力的な段階において、エロトマニアは相手に「投影同一視」を行っています。さらに、精神分析学でいう「躁的防衛(Manic defence)」があることもあるかもしれません。「躁的防衛」は、次のように説明されます。これは自分にとって大切だった人間関係が壊れたことに対して、自分が罪悪感を感じて落ち込みたくない、という心理に基づくものです。

  「抑うつ的態勢において、抑うつ的不安、罪悪感、そして喪失を体験することに対するひとつの防衛 a defence として展開する。それらは、心的事実 psychic reality に対する万能感に根ざした否認 omnipotent denial に基礎をおいており、その対象関係 object relations は、征服感 triumph、支配感 control、そして、軽蔑 contempt によって特徴づけられる」(H・スィーガル、岩崎徹也訳『メラニー・クライン入門』岩崎学術出版社, 1977年, p. 174)。

  自分の万能感に満たされて、対象を支配できると思い込んだり、逆に対象の価値を貶めたりして、躁の気分で抑うつ気分を逆転させて痛みを振り払おうとするのです。

*6:しばしばエロトマニアの人たちには、生い立ちに問題があるという指摘がされています。

 「エロトマニア型妄想性障害やエロトマニア妄想をいだく人びとは、子どもを虐待する、思いやりのない家庭に育った場合が多いようだ。自尊心の欠如と自意識過剰。このふたつに駆り立てられ、彼らは空想を通してロマンティックな欲求を満たそうとする」(p.60)。

 相手が自分を愛しているというエロトマニアの妄想は、乳児から幼児にかけて正常な人格形成がなされず、過剰に「防衛機制」を用いる人たちに生じるものではないかという気がします。エロトマニア妄想に特に関係している「防衛機制」は、「分裂」「理想化」「脱価値化」「投影同一視」「否認」「歪曲」などです。