歪んだ心理空間における精神的被害

モラハラ、DV、ストーカー、セクハラ、性犯罪等における加害者心理と被害者心理

DVの「心理的攻撃」とモラル・ハラスメントの違い

 DVの「心理的攻撃」がモラハラと同じかというと、少なくとも、「モラル・ハラスメント」の提唱者であるイルゴイエンヌの描写や説明によると、多少違っていると言えそうです。あえて大雑把にいえば、DVの場合、<加害者が感情をあらわにして怒鳴る>というものであるのに対し、モラハラは侮蔑や嘲弄、中傷など、陰湿な<意地悪>という様相をもっています。

 

 DV加害者とモラハラ加害者のタイプも、根本的に何の問題を抱えているか、ということに応じて、違っていると言えそうです。

 

 ただし、両方の要素をもっている人たちもいると思います。

 

DV加害者とモラハラ加害者のタイプ

共通点

・相手を支配する

・相手を貶める

・悪い事を相手のせいにする(無責任)

・共感性の欠如(相手の苦しみに関心がない)

・罪悪感の欠如

・不安や劣等感

・自己中心的

 

 しかし、DV加害者と典型的なモラル・ハラスメント加害者とでは、次のような相違があり、同じ「精神的な攻撃」といっても、やり方が違っています。

 

DVに特有の点

 加害者は感情、とくに怒りのコントロールができない。ちょっとしたことで怒鳴り、暴力をふるう。ふだんは温厚でも、あるとき切れると、怒りにわれを忘れる。

 相手に依存しながら攻撃する。相手を思いどおりにさせようとする。相手の人格に無関心で、自分が愛されていることにしか関心がない。責任をもつことに対する不安。力(パワー)による支配。嫉妬妄想がある場合がある。所有欲。<見捨てられ恐怖>が強い。なにかというと非難して怒鳴ったり、機嫌を悪くしてモノに当たったりすることにより、被害者を怖がらせ、言う事を聞かせようとするところがある。被害者は、しょっちゅういきなり怒鳴られることに恐怖を感じていて、ひと時も安心していられず、がんじがらめにされ、いつもビクビクしていなければならない。

 

典型的なモラル・ハラスメントに特有の点

 加害者は、感情を避ける。侮蔑、嘲弄、中傷、悪口、悪意のほのめかし、人前で恥をかかせるといった、言葉や態度による攻撃。ショックを与えるような傷つけ方をする。被害者を精神的に追い詰めて感情的にさせ、「こういう、どうしようもない妻で、自分はまいっている」と、加害者の方が被害者面をする。被害者を非難しておいて、何が悪いのかを被害者が訊ねても、「そんな事、いちいち言わなければ分からないのか」といった答え方をして、問題を解消させない。

 親密な関係を恐れる(<飲み込まれ恐怖>がある)。愛情の面で他人と十分な距離をおく。相手に愛情を示したり、同情を感じたりしない。冷淡で、合理的。自分のナルシシズムが傷つけられた場合は、復讐の気持ちに際限がなくなる。被害者に対する妬みがあり、自分が惨めな気持ちにならないようにするために、被害者を打ち負かそうとしている。

 攻撃が複線構造。建前と本音が異なる。被害者は何が問題になっているのか、理解できない。表面上は取り繕われているが、被害者が「まさか、そこまでではないだろう」と思うほどの悪意がある。被害者が恐怖で凍り付くのは、この感じだろう。

 

モラル・ハラスメントの分かり難さ

 DVの場合、被害者が嫌がっているのに無理やりセックスするという性的な暴力があるのに対し、モラル・ハラスメントの嫌がらせの中には、<セックスを拒否する>というものがあるようです。子どもが欲しい女性の場合は、悩んでしまうでしょう。それで夫に相談しようとすると、被害者の方が性的な貶めにあって恥辱や屈辱を加えられるというのが、モラル・ハラスメント的なやり方のようです。

 

 純粋なモラル・ハラスメントでは、被害者は加害者から怒鳴られているわけでもありません。暴力性が分かり難いぶん、被害者自身も、問題人物は加害者の方だという認識ができず、自分がダメなのだと自分で思って自己評価を下げ、精神科にかかる事態になっていきます(最悪の場合、統合失調症のような症状が出ると、イルゴイエンヌは指摘しています)。

 イルゴイエンヌはこの種のハラスメントを典型的なモラル・ハラスメントだとしており、家庭でも職場でも共通の人たち(イルゴイエンヌの言う<自己愛的な変質者>)がその加害者だと言うのですが、そうだとすると、純粋なモラル・ハラスメントの被害者の声があまり聞かれない気がするのが、心配です。一般的によく聞かれるのは、DV的な「心理的な攻撃」で、加害者の性格にDV的な要素とモラル・ハラスメント的な要素と両方がある場合でも、モラハラ的な心理虐待については、被害者が言葉にして訴えにくいのではないかという気がします。そして、純粋なモラル・ハラスメント(つまり、加害者が悪意や感情をあらわにしない人の場合)においては、まさにこの<うまく言葉にできない仕方>での心理虐待を受け続けるところに、被害者が深く精神を病んでいく原因があると思われます。そのためにイルゴイエンヌはモラル・ハラスメントを、「精神的な殺人」だと主張しています。

 

 下らない事でしょっちゅう怒り散らして暴力的になるDV夫から、被害者が受ける恐怖や屈辱感にも想像を絶するものがありますが、陰湿なモラル・ハラスメントには別の怖ろしさがあります。DVの被害者は、加害者の方を「みっともない人間」として非難することができますが、モラル・ハラスメントの被害者は、自分自身に羞恥心を感じて、黙って一人で耐えている可能性があります。