歪んだ心理空間における精神的被害

モラハラ、DV、ストーカー、セクハラ、性犯罪等における加害者心理と被害者心理

被害者の頭が狂ってくるモラル・ハラスメント

イルゴイエンヌの指摘するモラル・ハラスメントの恐さ

 

マリー=フランス・イルゴイエンヌによると、モラル・ハラスメントの加害者は計算高く、狡猾です。

 

加害者は苛立ったり、感情を爆発させたりして相手に敵意を示すわけではない。加害者の敵意はほんの小さな嫌味や皮肉、侮蔑や嘲弄の言葉などを通じて、週に何度か、あるいは毎日のように、数ヵ月か、時には数年にもわたって示されるのだ。また、それは怒りの口調で表現されるのではなく、冷たく、真実を述べるような口調で表現される。いや、もっと恐ろしいことには、加害者はどこまで攻撃を加えたらよいか計算することができて、攻撃の強弱をコントロールすることもできる・・・。まわりに証人がいるような場合は、小出しに攻撃を加えて相手を挑発していく。そうして、相手が声を荒げたりすれば、自分はたちまち被害者の位置に身をおき、相手のほうを攻撃的な人間に見せてしまうのだ。

 また、被害者を攻撃するのに、加害者はよく悪意のほのめかしを使うが、これは本人たちにしかわからないものが多い。(イルゴイエンヌ『モラル・ハラスメント――人を傷つけずにはいられない――』, 紀伊国屋書店, 1999年, pp. 202-203)

 

被害者は混乱に陥り、気がおかしくなってくる

 

モラル・ハラスメントの加害者は、仄めかしや当て擦り、言外の意味をもたせた言葉遣い、二重の意味のある態度、冗談、嘘や言い逃れ、直接のコミュニケーションの回避といった方法を用いるので、被害者は相手の意図を特定できず、混乱に陥り、自分に自信がなくなります(イルゴイエンヌ, 前掲書, 第4章を参照)。

 

・・・モラル・ハラスメントに特有の症状は<正常な感覚が失われる>ということである。それはどうやったら相手を傷つけることができるか、というモラル・ハラスメントの方法と密接に結びついている。

 たとえば、その方法のひとつとして、<表面的な意味のほかに、裏に別の意味がこめられた言葉を使う>というのがあるが、そういったことをされると、私たちはその言葉をどう受け取っていいかわからず、途方に暮れてしまう。また、そんなことが続けば、精神的におかしくなってくる。実際、こういった二重の意味を持つ言葉が使われると、家庭の場合、言われたほうは統合失調症精神分裂病)に追いこまれる可能性がある。また、職場においては、妄想症的な傾向が表れたり、ひどい場合には精神を破壊されてしまうこともある。(イルゴイエンヌ『モラル・ハラスメントが人も社会もダメにする』, 紀伊国屋書店, 2003年, pp. 233-234)

 

相手の意図が特定できないと、被害者は対決姿勢を取れず、自分を改善することで問題を解消し、相手との関係を回復しようとしてしまいます。結果的に、被害者は反撃できないまま、傷つけられ続けることになります。

 

被害者が加害者の悪意に気づいて抵抗するようになると、加害者による侮辱や嘲弄、悪口といった言葉の暴力がエスカレートします。さらに、被害者が傷付いたり加害者の挑発に乗ったりして感情を爆発させたりすれば、被害者の方が精神や性格に問題があるといった話にされます。加害者は被害者の自己イメージを低下させることに満足を覚えるのです(cf. イルゴイエンヌ, 前掲書, 第5章を参照)。

 

モラル・ハラスメントの加害者は自己愛的な性格であるだけに、相手の欠点を指摘したり、それによって相手に暴力をふるわせて、<自分はつまらない人間だ>と本人に思いこませることに喜びを覚える相手が自分に誇りを持てない状態にするのが嬉しいのだ。そうして、たまりかねた相手が暴力をふるったり、酒に逃げたり、自殺をはかったりすると、性格に問題があるとか、ある中だとか、自殺願望が強いとかレッテルを貼る。(イルゴイエンヌ『モラル・ハラスメント――人を傷つけずにはいられない――』, p. 207)

 

 

加害者は誰か人のいる前で相手が怒りだすように仕向けることもある。そうすると、外部の人の眼には被害者が攻撃的な人間のように見えるのである。被害者が肉体的な暴力をふるった場合は、それを見ていたまわりの人間が警察に通報することもある。こうなったら、まさに加害者の思う壺だ。

 

・・・加害者の支配下におかれて、被害者のほうは次第に追いつめられていく。・・・被害者が自由を取り戻そうとする時には、思いきった暴力的な手段に訴えるしかない。だが、まわりの人間の眼にはそれが衝動的に見え、特にその暴力が激しかったりすると、被害者は精神異常者のように思われることもある。(イルゴイエンヌ, 前掲書, p. 206)

 

イルゴイエンヌによれば、モラル・ハラスメントが辿る経過の特異性は、被害者が非難されているとおりの状態になっていくことです。たとえば「無能だ」と言われていれば、被害者はどうして良いのか分からなくなり、本当に無能になった気がしてくるし、「妄想症」扱いされていれば、実際に警戒心が強く、疑り深くなります。「頭がおかしい」、「性格がおかしい」と言われていると、本当に頭や性格がおかしくなってきます(イルゴイエンヌ『モラル・ハラスメントが人も社会もダメにする』,  pp. 244-245)。

 

投影同一化が起こってしまったり、ガスライティングを受けてしまったりするのだと思います。そうなると、被害者は本当に狂ってきてしまいます。

 

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ある種のDV加害者による同様の被害

 

『DV・虐待の加害者の実体を知る――あなた自身の人生を取り戻すためのガイド――』(明石書店, 2008年)の著者であるランディ・バンクロフトはDV加害者をいくつかのタイプに分けていますが、その中の一つのタイプが、イルゴイエンヌのモラル・ハラスメント加害者と人物像が一致しています。バンクロフトによれば、「めったに怒らない、もの静かで計算高いDV加害者」もいます(バンクロフト, 前掲書, p. 167)。

 

そのタイプをバンクロフトは「水攻め男タイプ」と呼んでいます。

 

「水攻め男」の手口は、怒りが虐待の原因ではないことを証明しています。声を上げもせずに相手を心理的に攻撃してしまうからです。口ゲンカになると冷静さを保ち、自分の平静さを武器にして相手の正気を失わせます。攻撃的な話し方をいろいろ知っていて、それらを冷酷に使います。例えば、嫌味を言う、おおっぴらに相手を笑ってバカにする、話し方を真似る、残酷で傷つくようなことを言う、といった手口です。・・・相手の女性が言った言葉を、もともとの意味がまったくわからなくなってしまうほどねじ曲げて、とくに他の人たちの前で、彼女がバカげていると見せかけようとする傾向があります。一滴ずつ水を垂らすように、軽い、しかし確実な心理的打撃をゆっくりと彼女に加えて精神的に追いつめます。ときどき軽く押したり・・・「軽度」な暴力行為をすることもあるでしょう。「水攻め男」の静かなあざけりと意地の悪さには情け容赦がありません。

 こういった巧妙な手口を使われると、女性は頭に血が上るほど怒りを感じるか、自分が愚かだと感じたり劣等感をもったりするか、あるいはこの両方が混ざった反応を示します。口ゲンカの間中、不満が溜まって怒鳴ってしまったり、泣きながら部屋を出ていってしまったり、黙り込んでしまうことがあるでしょう。すると「水攻め男」はこう言います。「ほらみろ、暴力的なのは僕じゃなくて君の方だよ。怒鳴ったりして理性的に話し合って解決しようとしないのは君の方だ。・・・」

 「水攻め男」と一緒に暮らすと、あなたの心に深刻な悪影響が及びます。このタイプの男性が使う手口は見分けにくいので、気づかないうちに深く傷ついてしまうのです。男性からされる行為をどう説明すればよいかさえわからないので、それらの行為に対して自分が反応してしまうのは自分に問題があるからだと考えてしまいます。誰かに顔を平手打ちされれば、平手打ちされたのだとわかります。しかし、「水攻め男」との口論は何が理由で攻撃されたのかもわからず、女性は自分の不満を内に溜め込むようになります。(バンクロフト, 前掲書, pp. 118-119)

 

バンクロフトは、このタイプのDV加害者の考え方を次のようにまとめています。

 

・お前は頭がおかしい。お前は理由もなく急に自制心を失う。

・いかれているのは君の方だと、他の人たちを簡単に納得させることができる。

・いくら残酷な行為でも、僕が冷静である以上は、それが虐待だとは言わせない。

・お前が嫌がることを私は知っている。(バンクロフト, 前掲書, p. 120)