歪んだ心理空間における精神的被害

モラハラ、DV、ストーカー、セクハラ、性犯罪等における加害者心理と被害者心理

性犯罪の被害者心理―しばしば見られる迎合的対処行動―

 

  • 『性犯罪の被害者心理への理解を広げるための全国調査事業報告書』より

 

 セクハラや性暴力の被害者が、被害を相談したり訴えたりしようとしたとき、被害者として認定してもらうところから苦労しなくてはならないケースがあります。たとえば、顔見知りによる性暴力を警察に訴えようとしても「痴話ゲンカを警察に訴えられても困る」といって被害届さえ受け取ってもらえなかったり、また、民事裁判を起こしても、「なぜ嫌だったらすぐに逃げなかったのか?」といった、被害者の行動を責める言動が裁判での争点となり、「被害者の行動として、とうてい納得できるものではない」と、被害者の証言の信用性が疑われたりすることが多いからです(cf. NPO法人日本フェミニストカウンセリング学会, 性犯罪の被害者心理への理解を広げるための全国調査グループ『性犯罪の被害者心理への理解を広げるための全国調査事業報告書』, 2011年, p.4参照)。継続したセクハラなどの場合も、「なぜ抵抗できなかったのか」「なぜ被害が継続してしまったのか」「なぜすぐに訴えなかったのか」などを立証する責任が被害者側に課せられてしまっています。

 

 しかし、加害者が職場の上司や大学の教員などであったり、その他の人間関係でも何らかの点で弱い立場にあったり、トラブルを起こすわけにいかない関係だったりする場合、被害者は相手を怒らせないように迎合したような行動を取ることがあります。おそらく、簡単にセクハラ行為を拒絶できるのは、相手が悪質でない場合ではないでしょうか。悪質な相手になればなるほど、被害者は報復を恐れて、毅然とは対応できず、無難な解決を試みても、それがいつまでも通用せず、加害者から逃げられずに深みに嵌っていくことになります。被害者にとっては、性的関係を迫られるのも嫌だけれど、自分の社会的立場などが損なわれることになる方がもっと怖いという場合もあるのです。

 

 加害者がその危険性を匂わせてくる人である場合、被害者の行動は一筋縄ではなく、人から誤解され、理解されにくいものとなります。たとえば、加害者に好意を示すメール、手紙、葉書などを送るとか、プレゼントをするとか、自分から加害者のところに出向いていく、といった行動です。被害者側のこうした迎合的な対処行動は、セクハラではなく「合意の上での恋愛関係にあった」と主張する加害者側から「合意の証拠」とされてしまったりしますが、一見、被害者として理解しにくい行動にも、合理的な理由があります(同報告書, p.52参照)。今回は、同報告書より、いくつか具体的な事例を引用します。被害者以外の人からは、恋愛関係のもつれで腹いせに「セクハラ」を訴えているように見えるケース(「腹いせセクハラ」)であっても、被害者が自分の立場を守るために、いかに苦しんでいるかが分かると思います。こうしたセクハラの被害者たちの多くが、事件後もなおPTSD心的外傷後ストレス障害)を抱えているようです。

 

「性的対象として暴力を受けたこと、騙されたこと、軽んじられたことすべてを消し去りたいという気持ちがあり、被害者のことを人間としてみてもらうという対応をしてもらえれば、侮辱されたりつぶされたりした自分が少しでももとに戻れるのではないか」と考えて、再び加害者の呼び出しに応じる決心をした。(上司から)(p.20)

 

加害者に謝罪を要求しようとしたが、ごまかされ、再被害に遭う。(経営者から)(p.20)

 

加害者の態度には我慢できないものの、嫌な態度を出すと嫌がらせをされた。(経営者から)(p.25)

 

退職を決意して加害者の行為を無視するようにした。そうしたらいじめが始まった。仕事上のことを聞いても嫌がらせをし、怒鳴ったり、人格を傷つけるようなことを言い続けたりしてきた。(店長から)(p.25)

 

度重なるセクハラに被害者が拒絶の意思を示すようになると、こんどは研修の対象から外されたり「お前の代わりはいくらでもいる」などパワハラをされる。(派遣社員が派遣先の上司から)(p.25)

 

被害者は、「今後、一切電話したり、訪問したりしないでほしい」と強く抗議した。上司から手紙が届き「家族と別れて結婚したい。今でも心から愛しています」などと書かれていた。とても気持ちが悪く、被害者はその場で手紙をストーブに投げ込んで燃やした。また仕事が始まったが、被害者は上司を無視し、避けるようにしていた。すると、上司は被害者が勤務しているところに来ては、嫌がらせの言動を繰り返すようになった。(上司から)(p.25)

 

「被害者は、加害者に口を一文字に結んで思いつめた必死な表情をされたため、またしてもその迫力に凍りついてしまい、強く振り払うことはできなかった。この事件から逆に、加害者の迫力に驚愕し、「加害者を怒らせたり、邪険に接したりしたら、今後大変なことになる」と、「加害者とうまくやっていかなければ(=良好な指導―被指導関係を保っていかなければ)という気持ちが強くなった。(大学院生が指導教員から)(p.26)

 

性的な要求に応じていたら、責められることがマシだったため、応じていた。自分としては、怒られることが非常に怖く、それを思えば性的な被害は、どうということはないと思っていた。一方で、性的な接触に応じていた自分にも激しい嫌悪感を持っていた。(上司から)(p.26)

 

希望していたデザイン関係の仕事に就いたばかりだった被害者は、試用期間中(3ヶ月)ということもあって、上司の行為をきっぱり拒否することもできず、冗談として受け流したり、それとなく避けたりすることしかできなかった。(上司から)(p.27)

 

被害者は「加害者の感情を逆撫ですると私の職場環境が悪化すると考え、メールで相手をなだめるようにしていきました。メールで加害者に優しく接すると、加害者は驚くほど次の日の機嫌がよいのです」と述べていた。(上司から)(p.30)

 

加害者に時間を占領され、精神的に支配され、生活をがんじがらめにされた被害者は、なんとか楽になる方法はないかと考え、ふと加害者が言い続けてきたように彼を好きになればいいのかと思った。「それもそうだ。私が考えを変えて、先生を好きになれば、精神的に楽になるかもしれないと思うようになりました」と。被害者はこの監禁状態のなかで生き延びるために、加害者に逆らわないばかりか、むしろ加害者を好きになろうと努め、加害者に迎合的な態度を取るのもやむなしという心境になっていった。ときには被害者がまるで加害者との関係を愉しんでいるかのようにみえる表現や文章が見られるが、それは被害者のサバイバル方法だったのである。「こちらから加害者の考えを先取りして、メールし、先生の歓心を買おうとするまでになっていたのです。先生が喜ぶとほっとして、『これ以上悪いことは起きないだろう』という安心感が得られました。うまく説明はできないのですが、先生を喜ばせ、先生の側にいることで、安心感を得るようになったのです」。(大学院生が研究員から)(p.31)

 

毎日電話やメールでやり取りすることを強要され、拒否すると応じるまでしつこくされるので、家族にも迷惑をかけたくなくて相手の気にいるように対応していた。そのうち正攻法で逃げるのは無理だと思うようになり、テレビドラマでしつこく不倫相手に迫る女性が重く感じられるという場面がよく出てくるので、自分も相手のことを好き過ぎて相手が重く感じて別れたいと思わせようと思い、妻に対して嫉妬しているような内容や「排卵日だから妊娠できる」などのメールを送った。(アルバイト先で知り合った相手から)(pp.31-32)

 

加害者につい本音をぶつけて責めてしまった後などに、そのままだと何をされるかわからないので、加害者の機嫌をとり、いいなりになることによって自分の方が相手をコントロールしようと思って、「好き」というメールを送ったり、相手に親身になってアドバイスするメールを送ったりした。(上司から)(p.32)

 

加害者が送ってくるメールに対応する形で大量のいわゆる「迎合メール」があった。加害者がしつこいのであきらめさせるために自分はあなたが思っているような女性ではないというつもりで性的に活発であるようなメールを送った。何度か被害を告発することを考えながら断念しているうち、恋愛関係であるかのようなストーリーを演じている方が楽なような気持にもなった。加害者が喜ぶような性的な内容のメールを送ると加害者は返事をしてくるが、抗議するような内容のメールを送ると返事をして来ないので、そのまま自然消滅のような形でうやむやにされてはたまらないと思い、迎合的なメールを送っていた。(教員から)(p.32)

 

迎合的なメールをしなければ不機嫌になるところがあり、機嫌を取るという面もあった。(大学院生が指導教員から)(p.32)

 

加害者に好意を示すメールを送っていた。何気なく逃げているけれど、相手が気分を害していないかと心配して、相手を立てる行動をとっていた。性的なことは好きではないということを伝えるために、夫とのことを自ら書いてしまった。加害者を増長させたのは後から知った。そんなつもりではなかった。(指導教員から)(p.32)

 

被害にあう前、加害者から「卑猥なメール」が来るようになり、「いい年して、こんなことするようなやつ」という軽蔑の気持ちで、おちょくるようにそれに合わせて返事をしていた。それが後になって、「楽しんでいた」ように取られてしまった。1回目の被害の時から「俺はお前が好きやし、お前も俺が好きやからこうされてうれしいと言え」「友達にも、彼ができてHしたとメールを打て」などと強制されて、仕方なく従っていた。(父親の友人から)(p.32)

 

加害者からプレゼントをもらうと、すぐに翌日にお菓子を買って返している。借りを作りたくないという気持ちで返していた。嫌いなんだけれど、怖いけれど、失礼なないようにしないといけない。怒らせてはいけない。と思っていた。お土産を職場で配っていた時にその人にだけ渡さないわけにはいかなかった。(上司から)

 

結局、いつもストーキングのことを考えながら「何時だろう、何時だろう」と怯えている。そこに連絡が入ってくると、パニックになり、余裕がなくなって、「自分で行って、なんとか止めなければ!」「こんなにしんどいのなら、いっそ殺されたほうがまし」と考えた。こういう感じでいつも怯えていると、加害者から連絡が入ったときに「実態を見たほうがまだまし」と思い、衝動的に出かけて行ってしまう。(職場の先輩から)(p.34)

 

「じっと近づいてくる加害者を待ち続けるのは、人格が崩壊しそうな恐怖だ。出て行ってさっさと暴力を受けて終わりにしたいと思うようになる」と語ったストーキング被害者もいた。(上司から)(p.34)

 

一人で残業している上司のところへ自分から訪ねていったり、温泉に一緒に行ったことなどがあった。どうせ行かなければ、あとでものすごく責められることがわかっており、それを考えるだけで怖くなり、「自分から行くことが、上司が望んでいることだ」とわかるので、行っていた。温泉には、どうせ行かなかったら責められるだけだし、行ってもいつもと同じことだと思った。連日、深夜や朝までの仕事を強要され、正直まともな思考や判断ができる状態でもなかった。(上司から)(p.35)

 

関係が長引くにつれて、なんとか自分の力で加害者を説得して「穏便に放してもらいたい」と考えるようになり、さまざまな努力をするがいずれも失敗した。たとえば、「加害者は私が好きじゃないのを知っていて、いつも「おまえは本当に自分の物になってへん」と言うので、彼に尽くして世話して、自分の物になったと思ってもらえれば「もう行っていいよ」と放してくれるかと思って、肩をもんだり足をもんだりして必死に努力したけど、放してくれなかった。(上司から)(p.36)

 

加害者に自分がしたことをきちんと反省し謝罪させなければいつまでもつきまとわれると思ったので、何とか説得しようと考えて会っていたこともあった。そのうちもう逃げられないと思ったときには、結婚して殺そうと考えたこともあり、油断させるために会い続けたこともあった。相手がきちんと自分の非を認めてつきまとわないと約束しなければ安心できないと思っていた。(上司から)(p.39)

  

 

  • 『妄想(セクハラ)男は止まらない 勝利的和解・セクハラ裁判の記録』より

 

 『妄想(セクハラ)男は止まらない 勝利的和解・セクハラ裁判の記録』( セクシャルハラスメントと斗う労働組合ぱあぷる, 2008年)は、セクハラ裁判における被害者の陳述書を元にまとめられたパンフレットで、この種の事例を具体的に理解するのに非常に役立ちます。

 

 こちらに付されたカウンセラーの意見書には、ジュディス・ハーマンが指摘した心理的監禁状態」についての言及があります。それは、「物理的に監禁されているわけではないのに、現実には逃げることができなくなってしまう状態」です。

 

 被害者の女性は、「とにかく疲れてしまって、何でもいいから、無理矢理でも、自分の気持ちと裏腹のことをしてでも、加害者から逃れたかった。誰か見つけてという思いだった」と語っています。

 

 最後に付け加えられた鼎談の中で、弁護士の方が次のように指摘しています。

 

早期に逃げられるならともかく、あり地獄みたいになるんだよね。あり地獄にはまっていない人にはわからない。

 

セクハラも1回の被害なら「かわいそうだね」と言われるけれど、二回以上だったら「なんで?」になる。それだけでなくさかのぼって「一回目のも嫌じゃなかったんだろう」と言われる。そういう状況の中にいない人はわからない。

 

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