歪んだ心理空間における精神的被害

モラハラ、DV、ストーカー、セクハラ、性犯罪等における加害者心理と被害者心理

セクハラとストーカー、どちらが加害者でどちらが被害者か?

  前回言及した「エグゼクティブ・ストーカー」ですが、これは有名人ほどでなくても、しばしば多少名前の通った人や、憧れの対象になるようなポジションにいて、人目につくことの多い人をターゲットにするストーカーです。

 

 私はこのようなストーカーには、自分の憧れの対象から愛されることにより、自分の価値をターゲットと同等なものに高めたいという欲求があるように感じられます。もっと普通の人のケースでも、たとえば社会的な地位のある男性と結婚できれば、自分自身の社会的立場もグレードアップできる、という感覚です。エグゼクティブ・ストーカーは、いわゆる玉の輿を狙う人というのではなく、結婚はしても、しなくても、「知名人から愛される自分は、価値が高い」といった満足感を得ようとする人で、そのためには相手の迷惑も顧みないで追い掛け回す人です。

 

 ところで、このようなストーカーが存在することにより、社会的立場の強い加害者による通常のセクハラが、冤罪としてとおる言い訳になることがあります。セクハラで訴えられた上司や大学職員が、自分の部下や学生が一方的に付き纏ってきて、断ったら逆恨みをして、自分を無実の罪に陥れたという話にしてしまうケースがあるということです。

  

  • 上司や教授によるセクハラか、部下や学生によるストーカー(エグゼクティブ・ストーカー)か?

  

 たとえばストーカーのこの5つのタイプを分類した福島章氏も、どちらが被害者でどちらが加害者か分かりにくいとして、大学教授(64歳)が卒論を指導していた女子学生(24歳)に強姦罪で起訴された事件を引用しています。物的証拠はなく、お互いの供述はまったく正反対でしたが、教授は大学を懲戒免職になり、法廷でも有罪判決が下されました。後に拘置所の医師により重度の糖尿病が発見され、強姦などは不可能なように思われたといいますが、事件から3年経っているので、事件当時のことは何とも言えません。老教授の主張どおりだとすると、女子学生の方がストーカーだということになります。「彼女は、父親のような年配の、ダンディな指導教授に恋心を抱くにいたった。これはキャンパスでは時々見られることである。彼女は、自分の愛情が報われないことにひどくプライドを傷つけられ、教授に深い恨みの感情を抱いて偽りの告発を行った」という可能性を、福島氏は指摘します。

  

  • しかし、相手は若い女性が憧れるようなタイプか?

 

 確かにキャンパスで20前後の女子学生が先生に恋心を抱くことはあるでしょう。しかし、せいぜい男性が40代くらいまでで、60代というのは考え難いのではないでしょうか? 比較的若い頃までは女子学生にモテてきた男性教員が、歳を取ってもそのつもりでいて、セクハラの訴えの対象になるという場合もあります(これは大学の教員でなくても当てはまることでしょう)。

 

  • 分別のある男性であれば、自分より弱い立場にあるストーカー女性を遠ざけるのは難しくないはず

 

 特に女性の場合、相手が一度くらい自分を拒否したからと言って、いきなり相手を犯罪者に仕立てて社会的に抹殺しようとするほどの攻撃には出ないでしょう。ストーカーであれば、何ヶ月かかけて、相手に付き纏ってきていたはずです。もし教授の方が被害者だとしたら、以前から自分に媚態を示して付き纏う女子学生を遠ざけられず、そのような相手だと分かっていながら、休日に密室で二人で会わなければいけない理由は一体何なのでしょうか? 教授が分別のある大人だとしたら、若い学生にしつこくせがまれたということが、その言い分けになるでしょうか? 逆に、女子学生が被害者だとしたら、指導教授に逆らいにくかった理由は十分にあります。指導教授の機嫌を損ねることは、しなくて済むならしたくありませんし、関係が拗れて卒論が通らなくなるようなことは避けたいと思うでしょう。

 

 つまり大学の教員が「エグゼクティブ・ストーカー」に遭っている場合、男性が下心をもって若い学生と付き合ったりするようなことがなければ、セクハラで訴えられる事態になる前に、それなりの対応ができるだろうと思います。女性のストーカーが男性を逆恨みする場合でも、「セクハラ」で訴えようと思い付くのは、なんらかの性的不快感を受けたからであり、女性にとっての性的不快感とは、恋愛関係にない男性が、いかがわしい仕方で自分を異性として扱った場合の不快感です。それは、異性として見てもらえなかった失望とは、全面的、根本的、に異なります。

 

 女子学生が本当に「自分の愛が報われないことにひどくプライドを傷つけられて・・・深い恨みの感情を抱いて偽りの告発を行う」ほどの憎悪を向けることがあり得るとしたら、それは、相当深い関係にあった場合だろうと思われます。つまり、一方的に憧れる「エグゼクティブ・ストーカー」ではなく、元交際相手に対する「挫折愛タイプ」のストーカーです。その場合、女子学生が本当に恋愛感情を抱いていたとしても、その「愛情に報いる」気もないのに、女子学生と深い関係になる指導教授は、職務上の問題がない人だとは言えないでしょう。まして、女子学生が恋愛感情をもっていないのに、自分と深い関係にならざるを得なくさせていたとしたら、「深い恨みの感情を抱いて、告発を行う」のは、ごく当たり前の自然なことです。

 

  • エグゼクティブ・ストーカーが精神異常の場合

 

 男性の精神科医は女性の患者から「エグゼクティブ・ストーカー」の被害に遭うことがあります。確かに受診しなければならないほどの精神疾患を抱えている相手がストーカーになる場合、常軌を逸していることが多いです。境界性パーソナリティ障害などを抱えている女性が、精神科医に疑似恋愛感情を抱いて追い掛け回すことは、よくあることだと思います。

 

 大学などで、学校の先生に一方的に憧れていた女子学生が、思いどおりにならないというだけの理由で、交際関係にある男性から裏切られた時に抱くような憎悪を抱くとしたら、それは異常者の振る舞いです。事件以前から、認知、感情、衝動コントロール、対人関係といったパーソナリティ機能の広い領域に障害が及んでおり、その徴候が家庭や職場など広い場面で見受けられていたり、既に精神疾患を抱えて、精神科に通院しているような人だと思われます。

 

  • 加害者の精神異常と、被害者が被害に遭ったことによる錯乱状態とは区別されるべき

 

 セクハラや強姦の被害に遭ったうえに、自己保身を考える加害者から逆にストーカー扱いされ、居場所を失うはめになるようなことになれば、被害者の精神的ダメージは計り知れません。ショックや混乱からPTSD心的外傷後ストレス障害)を発症することもあります。しかし、被害者が事件によって錯乱状態に陥っている場合、それはストーカーにありがちな精神異常とは本質的に異なることが見逃されてはならないでしょう。