歪んだ心理空間における精神的被害

モラハラ、DV、ストーカー、セクハラ、性犯罪等における加害者心理と被害者心理

ストーカー加害者と被害者の心理

 ストーカー被害者の体験談を聞くと、ストーカーの好意が脅迫から暴力へとエスカレートしていくパターンや、被害者がそれに対応して見せる感情的な反応は、とてもよく似ています。つまり、初めのうちは愛想よくしていた被害者も、じきに怒りを感じるようになり、それから恐怖へと移行し、さらに、自分の生活をコントロールできなくなって、自信をなくしていくのです。リンデン・グロス著、秋岡史訳『ストーカー ゆがんだ愛のかたち』では、ストーカー加害者と被害者の心理がよく説明されています。

 

 

ストーカー―ゆがんだ愛のかたち

ストーカー―ゆがんだ愛のかたち

 

 

  • ストーカー加害者の心理

 

相手の拒絶を受け入れられない男性は、簡単に支配する側に変ってしまう。とくに、その男性が社会から見捨てられていればなおさらだ。

 

生活が空虚で虚しい人生を送っている人は、このような感情に取り憑かれ、さらにこの感情をどんどん大きく膨らませてしまう。(p.23)

 

自分という核がないことも、ストーカーに目立つ特徴である。この生まれつきの欠点を補おうと懸命になって、愛に取り憑かれた妄者は、精神的にほかの誰かに取り憑こうとする。そうすることで、自己の存在価値を証明しようとしているのだ。(p.73)

  

 ストーカーは、もし誰かと交際関係を作ることに失敗すると、たちまち自信を失ってしまう。たとえ失敗の時期が、初めの段階であろうと、かなりつき合った後であろうと同じである。そして、もしそのつき合いが自分の望みどおりの関係でなかったなら、これもまた、ストーカーにとっては何の意味もなくなるのだ。

 この感情の空白状態は、ストーカーにとって耐え難いことなのである。それでストーカーは、拒絶を受け入れることができないのだ。拒絶がはっきりと示されようと、暗示的であろうと、これもまた同じである。絶え間なく相手につきまとうことで、まだ決定的に拒絶されたわけではないと、自分をごまかそうとするのである。

 拒絶がもはや否定できない事実となったとき、ストーカーは、空しさと屈辱感にさいなまれる。その結果、相手もろとも自分自身を破壊する行動に出るのである。(pp.73-74)

 

 ある精神衛生学の権威は、意のままにならない誰かを所有したいという人間の欲求は、幼児期に拒絶されたり見捨てられたりしたときの感情に根ざしていると推論している。人が誰かとの関係を、理想化したり空想化したりすることは、無意識のうちに、自分の歴史を書き換えようとしていると考えるのだ。つまり、ある人を所有することによって、過去に自分が満たされなかった部分を、すべて満足のいくように作り替えようというのである。

 「それは何か、魔法のようなものなのです。ある人を所有することでストーカーは空想が満たされ、自分の感情が満足されると感じるのです……それから自分は人から愛される人間なのだと感じることができるのです」(カリフォルニア州オレンジ郡の精神学者ブルース・ダント)

 したがって、ストーカーは相手に拒絶されると、子どもの頃に受けたダメージを取り戻す機会を失うことになり、絶望感やパニック状態に陥ってしまう。そして同時に、理想の関係は、どんな犠牲を払ってでも守らなければならないと考えるようになるのである。

 

妄想にとらわれた人が感じる激しい怒りの感情は、自分の存在意義が危険にさらされているという、恐怖のためであることが多い。(p.91)

 

またあるストーカーは、自分が狙った相手は、本当は自分を愛しているのだが、それに気づかないのだと信じている。このようにストーカーたちは、自分の愛の力は絶対的であり、そのためならどんな行動を取っても許されると考えているのだ。(p.92)

 

この種の妄想は「エロトマニア(色情狂)」と呼ばれ、一般的には、上流階級や経済界の大物などの有名人を狙ったストーキングの場合が多い。(p.163)

 

ダイアンは、ストーキングの相手も自分を愛していると信じて疑わなかったばかりか、彼女の想像上の情事の間に交わしたという会話についても証言しているのである。このような会話はすべて、想像の産物であった。(p.163)

  

  • 自分にだけ都合のいい世界

 

「あるレベルにおいて、妄想の虜となった人間の自我意識と、その愛情である人間の自我との間に『認識の融合』が起きる。この自我の結合を認識するという意味は、ストーカーが自分の中の、嫌な性格の特徴を、相手の中に見出しているということでもある。また逆にストーカーは、自分にはないが被害者が持っているある性格を、羨んでいることもある。どちらにしても、このナルシスト的な自己陶酔――それは簡単に精神障害を見分ける特徴でもあるが――が大きく膨らむにつれて、他人のことを考えて思いやる気持ちが小さくなり、そのことが暴力の可能性を高めるのである」(サンディエゴ郡法精神医学研究所所長、J・レイド・メロイ博士『報われない愛と殺意(Unrequited Love and the Wish to Kill)』)

 

このような自己中心主義はまた、自分の於かれた状況事実を、自分に都合のよいように勝手に解釈しなおすのだ。(p.92)

 

「ストーキングは、権力と支配の犯罪です。どちらも人を非常に興奮させる要素なのです」とマイケル・ペイマーは言う。(p.95)

 

もしストーカーが、自己主張をしないと思われる相手を選んだ場合、被害者を恐怖感で支配しようとすることが多い。また、被害者の罪の意識を利用することも、相手を支配するための権力の基礎固めには、重要な武器なのである。(p.120)

  

  • 聞き手(ストーカー)が決める“会話の真実”

 

 テッドが自殺すると言って彼女を脅したころには、彼は、テレサが自分のシナリオどおりに反応してくれることを予想していたはずである。つまり彼女が、自分が想像したとおりの役を、まるで何ヶ月も練習を重ねた女優のように、正確に演じてくれるだろうと確信していたのである。

 男女間での、食い違う会話のスタイルというものが、テレサの事件の根底にある。一般的に、女性は自分の欲求を直接的に表現しない。小さな女の子でさえ、はっきり要求するのでなく、何となく好みを伝える方法を選ぶことが多い。そして、嫌なことについても言い争うのを避けて、話し合ったり、遠回しにそれとなく知らせる方法を取る。

 男性のほうは、そのようなことを気にしないのがふつうである。何かが欲しいときや、何かをしたくないとき、男性はそのとおりに表現する、それで、女性が何も言わなければ、男性は自分のしていることは受け容れられるのだと思ってしまう。それが自分の望んでいることであれば、とくにそうなるのである。

 

 「会話の意味のほとんどは、話す人の言葉の中にあるのではなく、それを聞く人によって作られるのです」と、心理学者デボラ・タンネンは、ベストセラーとなった自著『あなたは何もわかってない(You Just Don’t Understand)』に書いている。(p.125)

 

誰かを傷つけることを恐れるあまり、相手に可能なことの限度をはっきり示したり、一線を画すことを避けたりあきらめたりすることがある。しかしそれは相手に、OKのサインを出すことと同じなのである。(p.126)

 

 ダイアンの例が示すように、男女交際の基本的な常識というのは(とくに女性の場合)、交際を求める相手あるいは恋人に対するときでさえ、それとなくほのめかして拒否の意志を示すことなのである。

 「こういう場合、断る側は一般に罪の意識を感じていますし、相手を傷つけないで『ノー』という方法を知らない。そこでもっともふつうなのが、じっとやり過ごして、親切な態度を続けて、そしてほとぼりが冷めるまで待つのです。相手のお熱が冷めるのを願いならね。いわば暗黙の了解というわけです。片方はおおっぴらに断りを言いたくないし、もう片方はそれを聞きたくないというわけなんです」(ケース・ウェスタン・リバース大学心理学教授、ロイ・バオマイスター博士)(p.132)

  

  • 公平な親切心が誤解される

 

 ジェーンの友人たちはフィリップの行動を心配したが、彼女はこれを笑い飛ばして、相変わらず彼に礼儀正しく接していた。

 ジェーンは、他人からのけ者にされる人にも優しくするようにと、教育されて育っていた。彼女が澄んでいた中流階級の住宅地を浮浪者が通ると、ジェーンの母親はいつも裏口の階段で食べ物を与えていた。

 「母のしたことは、わたしたちにとって大切なお手本でした。浮浪者のような人間でも、嫌ってはいけないと教えてくれたのです」

 その教えのとおり、ジェーンは、その男が「本当に変わっていて、気味が悪くて、一番付きあいたくない種類の人間」だと分かっていても、はねつけることをしなかった。(p.144)

 

「私は誰の気持ちも傷つけたくないと思っている人間なんです。ですから、ノーと言ったことがないんです」と、この図書館司書は当時を振り返った。(p.127)

 

テレサもネートも、そしてレタも、わたしたちの誰もがそうしなさいと教えられるとおりのことをしていた。つまり、三人はただ親切にしようとしていただけなのだ。しかし、妄想にとらわれた人間には、そのような親切心が簡単に誤解されてしまうのである。(p.128)

  

 他者に対する慈愛の心をもった人がストーカー被害に遭ってしまうと、そうした自分の心が、どうしようもなく汚されてしまったと感じたり、そんな精神をもっていたことが自分の落ち度だったように感じられてしまうものです。分け隔てなく人に親切にすることは、普通は美徳とされることで、恥じなければならないことではありません。本来は、その人の美点であったものが、恥ずべき欠点であるかのようになり、人に対する信頼感も損なわれ、恐怖体験にも見舞われるため、ストーカー被害に遭った人たちも、PTSDに陥りがちです。

  

  • 異常者の罠に落ちて、あなたの自尊心はバラバラになる

 

 ストーカーは、いったん相手に執着しはじめると、被害者がなかなか逃げられないようにするか、逃げるために払う犠牲を大きくすることを考える。バオマイスター博士によると、ふつうの片思いの場合、それを望まない相手側は、欲求不満に始まって、怒りから不安へと移り、そして罪悪感にいたるという広い範囲の感情に悩まされていることが多いという。しかし、ストーキングの場合の被害者の感情は、それよりももっと、犯人に人質にされた場合に近いのである。

 被害者はふつう、置かれた状況下で犯人の言うとおりに行動するものだ。とくに最初から、逆らわないほうが有利だと解釈した場合にはそうである。被害者は、自分がそうしなければ、ストーカー(この場合、顔見知りのことが多い)にどんな乱暴を働かれるか分からないからと言いわけをする。そして状況が悪化してくると、今度はストーカーの要求になるべく応じることで、敵をなだめようと試みる。

 「しかし、そういう態度は、まるで炎の中にガスを送るようなものです。ストーカーの不当な要求に許可を与えて手助けするようなものなのです」

 こう説明する精神科医のダン・コラーは、自身の五人の患者がストーキングの被害者となったことで、この問題に取り組むことになった。

 この時点で、被害者は精神的な闘いのために、すでにかなりのエネルギーを消耗しているのがふつうだ。そして突然、自分が相手にしている人間が正常でないことに気づく。次に恐しくなって、ときにはすっかり怯えてしまって、そこから逃げ出したいとか警察に電話をしたいという気持ちになるが、同時に事を荒立てたくないという気持ちにもとらわれている。被害者が罠に落ちてしまったと自覚すると、このどっちつかずの態度が、さらに強められる。

 「被害者が急に自分を失いはじめるのが、まさにこういうときなのです。自尊心がばらばらに崩れてしまって、自分の感受性や判断力に自信が持てなくなるのです」と、コラーは説明する。(pp.134-135)

 

ストーキングの犠牲になるということは、長期間にわたって繰り返し、レイプされるようなものだ。なぜなら、ストーカーの目的が、狙った相手の自由を奪って降伏させることにほかならないからだ。(p.116)

 

ストーキングがあなたの生活を破壊してしまうほどでない場合でも、あなたはそのせいで、自分がどんなに傷つきやすく、もろい人間であるかを思い知らされることになる。深刻なストーキングの場合、その影響であなたはひどい情緒不安定に陥ってしまい、自分の生活をまったく失ったように感じることすらある。(p.165)

 

 スザンヌは、まるで人質になった気分だった。レザの人質である。彼女は自殺しようかと思った。また、絶望感に打ちひしがれて、彼の言うとおりになろうかとまで思いつめたことさえあった。

 「こんなにひどい目に遭うのなら、いっそあの男と結婚してしまったほうが、ましじゃないかと思ったんです」(p.168)

 

 それから十二年以上になるが、彼女はレザに会ったこともなければ手紙も受け取っていない。

 「それでも、あの男は、わたしを奪ったことに変わりはないんです。今でも心の中では、あの男がすぐそこにいてわたしを見張っているような気がするんですから」

 スザンヌは身辺に警戒を怠らない。テレビでスケート番組の企画あったときも、彼女はこれを断ったが、それは昔からの夢でもあったのだ。

 「わたしは、人目につくようなことは何もできないのだと思いました」(pp.168-169)

 

友だちとも、だんだん疎遠になっていた。ある者は、ジェーンがストーキングのことを少し話しただけでも耐えられなくなり、またある者は彼女は変ってしまったとか、事件に対する態度が気に入らないとかで敬遠されたのだった。(p.192)

 

 「わたしの身にもなってみてください。わたしは二四歳だし、そろそろ子どもも欲しいと思っています。でも事件が解決していなければ、わたしはストーカーに新たな行動対象を与えてしまうことになると思いませんか?あなたに想像できますか?あの男が職場に電話してきて、子どもをさらったと言ったらどうしますか?わたしには今からそんな場面が目に浮かぶんです」

 ジェーンのストーカーが、彼女から母親になる権利を奪うのかどうかは別として、男はすでに、彼女から人生でもっとも楽しいはずの青春時代を奪ってしまった。そして、ジェーンの信じられないほどの自覚と冷静さにもかかわらず、彼女は今も、ストーキングから受けた多くの影響を引きずって生きているのである。(pp.194-195)

  

  • ストーキング事件の共通点

 

 ストーキング事件のほとんどは、はじめのうちは危険なものには思えない。私はストーカーですと自己紹介する人間はいないのだ。(ギャビン・ド・ベッカー)

 

 ストーキングは、ときにはなんお前触れもなく突然起きることもあるが、大部分は男女関係の終わりが引金となっている。(p.196)

 

 ストーキング事件を調べていると、まだ別の共通した特徴があることが分かってくる。ストーキングを生む男女関係はもともと、肉体的にも精神的にも暴力的で、支配欲が強く、柔軟性のない男がリードしているケースが多い。

 「その根本にあるものは支配なのです。このような男は家庭内で、女性をいつも支配していなければならないんです。そして支配できなくなると、激しく抵抗するわけです」(FBI捜査官、ジム・ライト氏)(p.202)

 

 「女性がいったん、ストーカー的素質のある男の罠にはまると、なかなか抜け出せるものではありません。逃げようとすればするほど、男の罠はいっそう強くなり、巧妙になってきます。男は、相手を支配するという目的のためには、どんなことでもやってのけるのです」(ギャビン・ド・ベッカー)(p.207)

 

 ストーカー自身は否定するだろうが、ストーカーのこの異常な行動の動機は、ある特定の女性への思いではない。むしろ、ストーカーはもともとストーキングをしてみたいのである。その相手は、ストーカーの妄想と一致し、知らず識らずのうちに被害者のシナリオを演じてみせる女性なら、だれでもいいと考えるほうがつじつまが合う。(p.216)

  

  • もしストーカーに狙われてしまったら・・・

 

★もし、あなたが恋人とのつき合いをやめたいと思っていたら、急いで「ノー」と言うこと。

関係を切るときは、いくらゆっくり切っても、相手の傷が軽くなるということはない。それはかえって痛みを長引かせ、相手の気持ちを一層深みに落としてしまうだけだ。結果を早く伝えれば、あなたの恋人はその分だけ早く、あなたを追いかけるのをやめようとするはずだ。

 

★断るとき、メッセージはつらくても、はっきり明確に。

自分が不幸に直面したとき、人は聞きたいことを聞こうとし、見たいものを見ようとするものだ。もしメッセージが曖昧だと、自分の意志が相手にはっきり伝わらない。場合によっては、相手を一層奮い立たせてしまうこともあるのだ。

 

★交際を申し込まれたとき、断るときは曖昧に拒否したり、拒否の理由を並べ立てないこと。

悪い断り方の例……

「わたしには、まだ心の準備ができていません」(相手の解釈・本当は自分を好きなのだが、まだ気づいていない)

「もう少し時間をください」(相手の解釈・もっとプレッシャーをかけよう)

「わたしにはボーイフレンド(または夫)がいます」(相手の解釈・その男さえいなければうまくいく)

 

 ★迷いを見せてはいけない。

 あなたが迷っていると思えば、相手は、しつこく迫ればなんとかなると思ってしまう。それではもう遅すぎるのだ。

 

 ★相手のプライドを傷つけないように。

 断るときのメッセージは、明確で断固としていなければならないが、同時に威張っていたり、相手をばかにしたり、厳しすぎたりしてもいけない。理性的な対応を呼ぶようなものでなければならない。

 

 ★(異性とつき合うときは)相手をよく観察すること。

 相手の家族の話をよく聞く。親友について聞いてみる。友だちがいるタイプか、そうでない孤独なタイプかを見わける。それまでの恋人について、二人の関係はなぜ終わったのか聞いてみる。今まで相手に断られたときは、どうしていたか聞いてみる。男と女の役割について話し合う。男女の違いを強調する男は、暴力を振るうことを正当化する場合が多い。あなたが聞きたいと思うことより、むしろ相手が言っていることに耳を傾ける。